最相さんは左手にバラのアーチ、足下には濃い色の柔らかそうな地面が広がり、一瞬、映画のセットのように思えたと書いているが（p.109）、おそらくタクシーの後部座席に乗って行かれたからだろう。オートバイで自分で探しながら行くと「どこだ、どこだ、こっちかあっちか」だったので、そのバラのアーチを見つけても「これが？」というのが正直な印象。「日本の三大がっかり」の一つと交代させると聞いても異論はない（折悪しくアーチには花がなかった）。
千葉県の認証を受けた NPO（特定非営利活動法人）であるバラ文化研究所が佐倉市に開いている「アルバ」は地味なバラ園である。
日本全国のバラの研究家および愛好家に対して、原種及びオールドローズの収集・保存・研究に関する事業を行い、園芸文化の発展に寄与することを目的とします。
- 原種・オールドローズの収集および保存
- バラ栽培技術に関する調査、研究
- バラに関する文献の収集および刊行物の発行
およそバラの愛好家にはほど遠いと自分でも思うし他人もそう思うであろう私が、なぜ休日を割いてここを訪ねたのであろうか。
現在勤めている会社は昨年創業百周年を迎えた。そこで今年、記念行事として社員と役員をハワイに連れ出すという。海外に慰安旅行とは豪勢な、と思われるかもしれないが、ハワイなら下手な国内旅行より安くできる。おまけに空港使用料は個人負担だというし。凸(--;
それはともあれ、第一班として 6 月 6 日に出発、8 日夜の記念パーティー以外は拘束がないという。むろん自由行動日にオプショナルツアーは用意されてはいる。しかし海外経験は北海道と九州しかないという完全ドメスティック人間のくせに、お仕着せのツアーじゃ面白くなかろうと、右も左もわからない初日を除いて完全フリーにしてしまった。正直なところ結構なお値段だったことに加え、会社の人間とぞろぞろ行くのは避けたいというのが大きな理由。
さてどうしたものかと思案していたところ、気のあった同士でレンタカーを使うという社員が「細川さん、免許もってんだからバイク借りて回ったら？」とグッドサジェスチョン。そこで調べてみると――なにしろ勤務先は ADSL を導入しているから私用に使っても余分な料金は発生しない――ハワイにはレンタルバイク屋がかなりあり、日本語の通用する店もあることがわかった。なかには次のような同類さんも。よし、これだ。
昔から「ハワイ＝俗なところ」という図式がオレの頭の中にはあって、自分から行きたいとも思ったことがなかった。今回は社員旅行ということもあって、初めてその地を踏むことになったのだ。
ところが大型自動二輪免許を持っているとはいえ、公道を走り回ったのは十年以上前、それも当時は中型限定免許で乗っていたのは 125cc。初めての海外で、初めての右側通行、そこに初めての大型バイクによる公道走行は如何に何でも無謀だ。私ですらそう思うのだから客観的には超無謀であろう。そこでできるだけの用意はして臨むことにした。まずようやく通った卒検以来ご無沙汰の大型バイクに慣れる算段。桶川のホンダモーターサイクリストスクールに２回分の予約。初回は遠慮して 750cc、二回目はちょっと遠慮して 1000cc（1300 もあったけれど）。これは朝から夕方までみっちりと指導してくれるもの。しかしスクールはスクール。いくら 100km/h からの制動練習もできる広いコースがあるとはいえ、単調さは否めない。そこでレンタルバイクで久々の公道ツーリングを企画した。
これもネットで調べると、日本でもいくつかレンタルバイク屋がある。そのうちの一つ SCS に登録し、まず 400cc を借り出すことにした。ここまでが第一の伏線。済みませんね、長くって。要するに中型バイクで遠出をすることになったわけ。さて、どこへ行こうか。
四月下旬のことである。最相葉月さんから近著『青いバラ』を送っていただいた。『高原永伍、「逃げて」生きた！』『絶対音感』に続いて三冊目（『なんといふ空』は未見）。実は昔、同じ出版社に勤めていたことがあり、出版についてのいい加減な知識を吹き込んだのが私。その時代は本人の経歴では会社勤務を経てとあっさり触れられているに過ぎないが、そこで植物バイオの基礎知識を身につけている。むろんそれが直接結実したわけではなく、むしろ未知のものに怖じずに食いついていく性格の賜物であろう。そういえば編集未経験でも中途採用に応募して採用されたんだよな。仕事の飲み込みも速かった。会社の方針変更に怒って飛び出していったとき当時の社長が「やっぱり優秀な人から出て行くな」と言ったのを覚えている（こっちは優秀なのに去られ、それほど優秀でないのに残られて困っていたから）。
とまれ頂いたからには読まねばならない（でも、前の二冊は途中で恐くなって読みかけのまま）。何度も読み飛ばそうと思いながらようやく「不可能の花」を読み終えると第二章の前に「ミスター・ローズとの対話 2」があり、そこに紹介されていたのがローズガーデン「アルバ」。いま読み返してみると、ちゃんと決して広いとは言えない場所にと書いてあるのだが、静寂な庭園を想起させる筆致と、バラの博物館を作り種の保存を目指すという壮大な目標を読んで広大なバラの梁山泊みたいなものを想像してしまった。調べてみると公開されているのは春と秋のバラの季節だけ。おお、今は開いているではないか。というわけで訪ねてみることにした。経験者によれば交通の便がよろしくないという。それならばバイクを使えばよろしい。ここで二つの伏線は合致し、佐倉へのバイク行となった次第。したがってバラの詳しい話を期待した愛好家の皆さんにはあらかじめお詫びをしておく。実用的なガイドにはなると思いますが。
当初予定していた 5 月の連休は諸般の事情で使えなかった。そこで天気も調べた上で 12 日の土曜日に予約を入れた。乗り慣れた（といっても試験場で二回、教習所で一回だけ） CB400 は先約があったため、ZRX400 II を借りる。カワサキのバイクは癖があると聞くがどんなものだろうか？ 10 時少し過ぎに店を訪ね、手続きを済ませると路上に出されたバイクの所へ連れて行かれる。簡単な説明の後、オドメーター等の確認書に署名をさせると係は「では行ってらっしゃい」とさっさと戻っていった。ちょっと暑い気はしたがベストとジャンパーを着て（これは正解であった）、いよいよ初めての公道走りだ（公道では 250 までしか経験がない）。
前半はとにかく慎重に、と心に決めていた。具体的には流れに逆らわない、追い越しはしない、すり抜けもしない、粋がらない、そして交通法規の遵守。ところがマシンに慣れるまでは臆病なくらいにという方針では、Ｕターンはおろか右折でさえ難しい（始まりは三車線道路）。店のある白山から白山通りを南下、神保町で靖国通りに入り国道 14 号に抜ける予定だったのに、どんどん北上している。まぁどうせ今日は神田祭で交通規制があるだろうから良いか、と田端駅の近くまで行ってようやく右折。西日暮里駅のそばまで行ってから不忍通りで靖国通りに辿り着いた。とんだ遠回りだが天気はいいし、時間にも余裕があるから別に構うことではない（この後これが続き、最後に「時間がない！」となる）。
14 号に入る頃にはだいぶ慣れてきていて追い越し車線を走るようになっていた。そのため気が付けば京葉道路（有料）に。船橋インターで降りてハイウェイカードを差し出すと、ホログラムのついてない旧型カードは 4 月以降使えませんと。事務所に行けば新しいカードに替えてくれると言うが、なんとなく面倒に思い現金で払って通過。後で考えると 1 万円近く残があるのだから切り替えねば損だし、やってくれるのは高速道路の近辺だけだから、そのとき済ませておくべきだった。
再び 14 号を走り、296 号に入って佐倉へ。こう書くと非常にすんなりに見えるが、地図を持っていかなかったので勘頼りの走行である。たびたび渋滞に巻き込まれ、クラッチ操作で左手に疲れを覚え出す。さすがにアルバの所在地（佐倉市下志津）は控えており、上志津という表示を見て近いことを知る。ここで現在地というか進行方向を勘違いしていたためあやうく明後日の方向に進むところであったが怪我の功名でほどなくして無事辿り着く。
ローズガーデンアルバは一面の農地の中にある。
最相さんは左手にバラのアーチ、足下には濃い色の柔らかそうな地面が広がり、一瞬、映画のセットのように思えたと書いているが（p.109）、おそらくタクシーの後部座席に乗って行かれたからだろう。オートバイで自分で探しながら行くと「どこだ、どこだ、こっちかあっちか」だったので、そのバラのアーチを見つけても「これが？」というのが正直な印象。「日本の三大がっかり」の一つと交代させると聞いても異論はない（折悪しくアーチには花がなかった）。
そしてまた無粋な私は「バラを愛するみなさまへ」という看板より先に、路上駐車はしないで下さい、東邦大学付属病院のそばに臨時駐車場を用意しました、という注意書きに気が付いた。とは言うものの周辺には既に数台の路上駐車、しかもこっちは邪魔にならない単車である。見て回るのに大して時間はかからないだろうし、迷惑になればすぐに移動できる... という考えが頭をかすめはした。だが今日は法規を遵守すると決めた日（普段なら注意して横断してしまう車の来ない歩行者用赤信号でもじっと待った）。それに美しいものを見に来て美しくない行為をするのは矛盾している。そこでよっこらしょっとＵターン、200ｍほど戻って一台しか止まっていない大きな駐車場（さくら薬局用）に止め、徒歩で戻る。
もともとの目的がバラの種を保存の園である。したがって同じバラをずらーっと並べるいわゆるバラ園とは趣が異なる。しかも多品種なので開花時期が分散している。まだ蕾状態のもあれば既に咲き終わってしまったものもある。咲いているものもいわゆるバラとはかなり異なるものが多い。したがって素人目には全く華やかさがない。いや中には素人をもほっとさせる花はあったし、花ではないが思わず微笑んでしまう造形も見られたが。（ある人の紹介によると実に沢山の花が見られたらしい。やはり時期の問題もあるのか。行ったのは同じ 5 月なのにね。生物は難しい。）
イエローローズコーナーからみた原種園・オールドローズコーナー。左手の森は借景。
イエローローズコーナーの奥には喫茶部があり、園内好きなところで茶を飲むことができる。とは言っても木道のないところは土を踏み固めてしまいそうでどうも入りがたい。ローズヒップティー（300 円）をいただいたのは（既に時期は過ぎていたが）黄木香と白木香をはわせた東屋。そこからみたサンプルガーデン。
アルバを辞したのが 14 時頃。それから歴史民俗学博物館の前を素通りし、酒々井町から国道 51 号に入りいったんは水戸を目指すが思い直して東山さんが死亡した成田日赤病院前で 464 号へと曲がり宗吾霊堂を目指す。が、それも素通り、印旛沼を渡り（甚兵衛大橋）本埜村を抜け小林駅を越したところで 356 号に入り利根川（と思ったら実は大半が将監川だった）の堤防沿いを走り、木下街道で白井町・鎌ヶ谷市を経て市川市へ行く途中でやっと遅い昼食。メニューにあるグラスビールがおいしそうだったけれど我慢して鴨蕎麦。向かいの電器店を覗くと Wintel マシンの中に一台 G4 cube が置いてあった。この辺りから渋滞がひどくなり、クラッチレバーを握る左手は疲労困憊。前を見て当分動きそうもない時はニュートラルに入れて手を休める。道が狭いからすり抜けもできやしない。そのうちエンジンも切ってアイドリングストップに。ようやく 14 号に戻ると流れが良くなったが、江戸川を越した辺りから左手は言うことを聞かない。とても握れないので手首や腕でクラッチレバーを操作する。隅田川を越したくらいからまた渋滞。時計を見ると返却時刻まであまりない。大丈夫とは思うが、高名の木登り、慎重さがますます大切な局面だ。と、慣れた道の筈がいつの間にか予想と異なり、なぜか東大の前なんかを走っている。本郷通りは一本手前だよ。言問通りから無事白山通りに戻ったところで最後の難関。満タン返しにしなければならないのに給油所がない！ やむなく店の前を通過。やっと見つけて給油を済ませ、エンジンを切って歩道を押して歩くなどの苦労を重ね、ようやく店に戻ったのはぴったり返却時刻でした。
店側が点検をしている間にアンケートに回答し、幸い問題もなく割引券をもらって帰宅。左手の負担は大きかったけれど充実した一日でした。出発前にもう一回、今度は大きいのを借りようかな。
